6月 282025
青柳古墳群は、神流川東側の段丘上に築かれています。9支群に分けられ、かつては200以上の古墳が存在したとされています。築造年代は6世紀~7世紀後半。南塚原支群は、神川中学校の南側にあり、開墾などで多くが消滅しましたがまだ大塚稲荷古墳を中心に数基が畑の中などに残っています。
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
南塚原支群42号墳(県番号125) 円墳 12m 新里字北塚原 台地 横穴式石室 *注
南塚原支群52号墳(県番号136) 円墳 新里字南塚原 台地 *注

42号墳。2基の古墳がくっついたような形状をしているが本体は右側か。手前の畑に43,44号があったが消滅した。

推定52号墳。分布図では残存扱いだがこれは自信無し。児玉幹線(用水路)の南側の古墳はほとんど消滅したようだ。
(撮影 2007/05)*注 南塚原支群Ⅱ、埼玉県古墳詳細分布調査報告書
コメントありがとうございます。この辺りは現存古墳が多いので用地買収など難しい問題…