多胡古墳群は、大沢川右岸の斜面から丘陵性台地にかけて分布しています。うち寺ノ上支群は令和5年に高崎市の史跡として指定を受け保護されています。以下高崎市指定区域内の古墳位置です。 赤_吉井町遺跡地図(1995) 青_実際の位置 白線は遺跡地図と同一と推定される古墳を結んだものです。(注)私が勝手に調査したもので公式ではありませんのでご注意を。
丸の中の番号は当HPで振った通し番号です。右側の小さいラベル数字が吉井町遺跡地図の古墳番号です。この区域(寺ノ上支群)は令和5年に高崎市の史跡として指定を受け保護されています。この近辺の古墳は上毛古墳綜覧記載の多胡村41~54・59~61・73~75号のいずれかですが、どれが何号墳か特定できないので吉井町遺跡地図では新たに番号(T188以上)をあてています。
古墳番号について
吉井町遺跡地図(群馬県古墳総覧もここから引用)では旧多胡村の古墳について次のように番号を振っている。
1. 上毛古墳綜覧(昭和10年調査)記載の多胡村1号~187号 → T1号~T187号
2. T188号以上は上毛古墳綜覧記載ではあるが場所を特定できないものや記載漏れ古墳に新たに番号を当てたもの。(188号以降の古墳を「多胡村〇〇〇号墳」と呼称する文献は無いと思う。グーグルマップでこの表記を見かけるが上毛古墳総覧記載と誤解を与えるので適切ではないと思う。「T195号墳」のような表記にすべき。)
(注)
1. 群馬県古墳総覧及びマッピングぐんまの地図は吉井町遺跡地図を写したものと思われます。マッピングぐんまは吉井町遺跡地図とほぼ同一です。群馬県古墳総覧はこの区域の吉井町遺跡地図を転写するるさいに何か誤りがあったのかかなりズレがあるのでここでは採用しませんでした。
2. 吉井町遺跡地図では、現存する古墳については「マウンド有り」と記載しています。しかし赤30(T67号)と赤31(T227)にはその記載が無く、また現地でも確認できなかったので墳丘削平と判断しました。
コメントありがとうございます。この辺りは現存古墳が多いので用地買収など難しい問題…