車塚古墳群は、黒川と恵川合流点東側の段丘上に築かれています。【アクセス】東武線壬生駅から徒歩・自転車2.1km、駐車スペース有 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
車塚古墳 円墳 第一段径84m 藤井 横穴式石室・須恵器甕・葺き石 現地説明会資料
車塚古墳 円墳 第一段径82m、第二段径52m、第三段径32m、周溝からの高さ約11m 藤井 横穴式石室 現地案内版

南から。三段に築成された大型円墳。栃木に来たら是非見学したい1基。

周溝跡もよく残る。周辺の大型古墳(牛塚、愛宕塚)に後続して最後(7世紀前半)につくられたものと推定されている。

凝灰岩切石積の全長5.72m横穴式石室が開口。

玄門。古くから開口し副葬品は不明。

玄室。奥行約3m、幅2.77m、高さ2.3m。巨大な一枚石を箱形に組合わせている。

奥から外。(2015年追記。玄室入口の冠石に屋根形の彫りこみがあるがこれは後世のもの。左右の袖石の幅が大きく違うが、これも後世に右側袖石が削られたため。掘り下げたところ袖石下部にその痕跡があった。)

北西からパノラマ。左が車塚古墳、右端が牛塚古墳。(2010/01/17 現地説明会にて)写真右側周堤の外側にトレンチが入れられ二重目の周溝の存在が確認された。その後の調査(2014年)でそれが全周することが確認された。

奥の白線が外側の周溝。この地点での幅5.7m、深さ0.9m。この結果周溝を含めた総全長は136mとなり、終末期古墳としては全国最大級の規模となった。なお、手前の白線は車塚古墳築造以前にあった小古墳の周溝らしい。

2014年9月、現地説明会が開催された。今回の調査では二重目の周溝が全周すること、墳丘全面に葺石が施されていることなどが判明。恵器甕片が多く出土しており、埴輪の代用(7世紀には通常の埴輪は製作されていない)として立てられたのではないかとのこと。墳頂縁辺・テラス面と 周堤にも並べられていたよう。写真の甕は他の古墳出土の復元品だが、このように一般的な甕で、この古墳のために特別なものを作ったわけではないよう 。(担当の先生に教えていただきました。)さきたま古墳群中の山古墳からも埴輪代用の須恵器が出土しているが、あちらはその古墳専用に造られた須恵 質の埴輪とでもいうべきものでその性格は異なるものと思われる。

葺き石。栃木県では葺石は珍しい。また今回の調査で、石室前の張り出し部は江戸時代以降の造成であることが判明し、寺の施設だったのではないかとのことだった。

墳頂。段築の平坦面や墳頂平坦面にまで葺き石が葺かれている。(古墳を見上げたとき見える部分のみ葺くことが多いので関東では希少)

須恵器甕片

以下、2015/10現地説明会。

石室の前面が調査されたが、そこは中近世に何かの施設(寺院か?)造営でかなり破壊されており、羨道・前庭・墓道など期待されていた成果はなかったよ う。ただ石室前面の張り出し・平坦面が中近世の造作であることは確定。露出した天井石前面の縦横の彫りこみも後世のもので庇を繋げたのか もとのこと。

今回の調査で石室全体がベンガラで赤く彩色されていたことが判明。前から奥壁は赤っぽかったが、今回掘り下げた部分に明瞭に朱が残っていた。

石室前面から埴輪が出土した。昨年調査でも少し出ていてそれはよそからの混入とされたが、どうやら石室前面限定(他の地点からは一切検出さ れていない)で樹立して可能性がでてきた。終末期の古墳には埴輪は無いのが常識だがこれをどう解釈していくかは今後の課題だそう。


石室の床面から水晶切子玉・ガラス小玉・金銅製耳環など副送品が出土。
(撮影 2005/12、2010/01、2014/09、2015/10)
コメントありがとうございます。この辺りは現存古墳が多いので用地買収など難しい問題…