4月 302025
 

南下古墳群は吉岡中学校南方の丘陵から溝祭地区にかけて分布する古墳の総称で、一般的にはA号からF号の名称でよく知られた5基の古墳に代表されています。【アクセス】JR八木原駅から徒歩・自転車3.3km、公園駐車場 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
南下A号古墳(明治村54号古墳) 円墳 20~27m、高さ4m以上 南下 丘陵 横穴式石室 現地パンフレット

北東から。南斜面を利用した2段築造の円墳。7世紀後半の築造と推定される。

南向きに開口。以前は民家敷地内だったが公園化された。(現在石室立入は制限されている)

羨道。A~E号墳の中で最も大型の石室。

奥壁。全体に角閃安山岩の截石切組積。

側壁。元々は漆喰で塗りこめられていたらしい。作業線と見られる朱線も発見されている。

奥から外。加工水準の高い玄門。

町指定史跡 南下A号古墳 本古墳の所在する丘陵にはかつて40基を超える古墳があり、町内でも有数の古墳群を形成していた。しかし、時代の波とともにその数は減少し、今は僅か9基を残すのみになっている。これらは南下古墳群として県内外に知られ、本古墳とB号古墳の2基は町史跡に指定されている。9基の内5基の古墳は開口し、石室の構造や石材の利用方法等の違いを見るのに適している。  本古墳は、陣場岩屑流と呼ばれる流山の南斜面中腹に構築された山寄せ式の古墳である。墳丘は2段構築で、非常に丈が高い円墳と推定されている。墳丘の規模は径20~27m、高さ約4mである。葺き石及び埴輪の有無は明らかでないが、埴輪についてはその破片すら発見されておらず存在しない可能性が高い。周溝等外部施設については発掘調査をへていない現在不明と言わざるをえない。  石室は真南に開口する両袖型横穴式石室で、截石切り組積の手法を駆使した極めて美しいものである。石材には主に角閃石安山岩を用い角は全て直角に加工し、随所に切り組の手法を取り入れている。羨道と玄室の境に据えられた玄門及び冠石の加工技術の優秀さはその水準の高さを物語っている。玄室の壁面は最終的に漆喰で塗りこめられていたらしく所々にその痕跡を残している。石室の規模は羨道長3.25m、幅1.58m、高さ1.55m、玄室長3.25m、幅2.4m、高さ2.4mである。  近年玄室及び羨道の壁面に石材加工、壁対構成の際の作業線と推定される朱線が発見され注目されている。朱線については本古墳の北約60mに所在するE号古墳にも発見されている。  本古墳は古い開口のため年代の手がかりとなる出土遺物の所在は明らかでないが、石室の構造及び企画、また石材の加工法等から7世紀末葉の古墳と推定されている。 平成6年9月1日 吉岡町教育委員会 (現地案内板より)

(撮影 2004/03、2010/04)

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