南下古墳群は吉岡中学校南方の丘陵から溝祭地区にかけて分布する古墳の総称で、一般的にはA号からF号の名称でよく知られた5基の古墳に代表されています。【アクセス】JR八木原駅から徒歩・自転車3.3km、公園駐車場 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
南下B号古墳(明治村50号古墳) 円墳 約30m、高さ6m 南下 丘陵 横穴式石室 現地パンフレット

A号墳背後の林道を東へ進むとB号墳が見えてくる。7世紀中葉の築造と推定される。

南向きに開口(現在石室立入は制限されている)

羨道。

玄室。自然石乱石積み。

側壁。一部削石を用いたり切組の手法を取り入れたりした部分が見られる。隙間には漆喰を塗りこめていたらしい。

奥から外。天井は3m近くあり非常に高く感じる。
町指定史跡 南下B号古墳 本古墳は、相馬山の山体崩壊による流山とみられる丘陵上に形成された古墳群の内の1基で、周辺には本古墳を含め9基の古墳が所在している。本古墳は、この丘陵端部の南斜面中腹に山寄せされた円墳と考えられている。 墳丘規模は未調査のため明確でないが、石室前の町道南まで及んでいる可能性があり、径にして約30m、高さは約6mと推定されている。墳丘における葺き石、埴輪の設置、また周溝等の外部施設の存在については現在明らかでない。 石室は主に自然石を乱石積みした横穴式両袖型石室だが、玄室の壁面に一部削石を用いたり切組の手法を取り入れたりした部分が見られる。また羨道と玄室の境には見事に加工された重量感のある玄門が据えられている。一方の玄門上部には冠石を受けるための切り込みがつけられている。壁体の石材は腰の高さまで垂直に積まれるが、その上は大きく内側に転び天井の幅を著しく狭めている。壁面は歪や食い違いのため整正さに欠け、やや不安定な感じをうける。石材どうしの隙間には漆喰を塗りこめていたらしくその痕跡をよく残している。石室の規模は羨道が長さ3.74m、幅1.4m、高さ1.2m、玄室が長さ3.45m、幅2.5m、高さ3mあり羨道に比べ天井が極端に高い。このため羨道をくぐって玄室に入ると広々とした大きな空間に出た感じがする。 出土品については古い開口のため所在は全く判っていない。 古墳の年代は、石室構造や石材の加工からみてA・E号墳に先行する時期と考えられ、7世紀中頃の築造と推定されている。平成6年9月1日 吉岡町教育委員会 (現地案内板より)
(撮影 2004/03、2010/04)
コメントありがとうございます。この辺りは現存古墳が多いので用地買収など難しい問題…