ニツ山古墳1号墳・2号墳は、強戸中学校の北西700mほどの、八王子丘陵南麓平坦地に築かれています。【アクセス】東武線治良門橋駅から徒歩・自転車1.6km、駐車スペース有、見学自由 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
ニツ山古墳1号墳(生品村1号古墳) 前方後円墳 全長74m、後円部径43m、高さ6m、前方部幅62m、高さ6m 天良町 金銅製飾太刀、馬具、鉄鉾、鉄鏃、須恵器、横穴式石室 現地案内板

南西側から全景。2段築成の良好な墳丘が残っている。

南から。1888年と1948年に発掘調査が行われている。大量の形象埴輪群の配列状況が確認された。

後円部から前方部

前方部から後円部

石室開口部。非常に狭い。

自然石乱石積の横穴式石室

奥から外。袖無型。

現地案内板より
左1号墳、右2号墳(現地案内板より) 群馬県指定史跡 ニツ山古墳 昭和23年11月2日指定 所在地 新田郡大字天良字新開発167-85乙 管理者 新田町ニツ山古墳は、この地域に所在した古墳群中の一つで、南東に近接する二号墳と共に、前方後円墳である。その他にいくつかの円墳が見られたが、現在は残っていない。 この古墳は、主軸を北西から南東にとり、全長74m、高さ6mで2段に構築され葺き石と周囲に堀跡がある。墳丘は、よく原型を保ち、裾部には二重の円筒埴輪列がめぐらされ、墳頂部からは形象埴輪が出土した。 石室は明治21年に発掘され、南南西に開口している横穴式石室である。奥行は約7m、高さ約1.8mから2.1m、天井は5枚の石積、奥壁は一枚石、両壁は切石積になっている。石室内出土品は刀剣類、馬具等があり東京国立博物館に保管されている。また墳丘部の発掘調査は、昭和23年慶応大学文学部によって行われ、次の様な埴輪配列が明らかになった。 1.円筒埴輪列が裾部に2列にめぐらされ、外側列は間隔80から90cm、内側列は大小の円筒埴輪が密接に並び内外の間隔は2mである。 2.石室入口両側に参道を挟むように円筒埴輪が存在した。 3.形象埴輪が多数発見され次の様な埋設状況が明確となった。 (イ)後円部円筒埴輪列の内側に馬12頭が一列に並び間に人物等が散在した。 (ロ)東側くびれ部には靱、翳、鞆、帽、等の器物が列立していた。 (ハ)西側くびれ部においては、人物、鳥、靱、翳が二列に存在した。 (ホ)前方および後円墳頂部にも家形の存在を認めた。 以上のことから推察すると、築造年代は古墳文化が終末期に入ろうとする飛鳥時代、すなわち7世紀の始めと考えられている。またその規模から、ニツ山古墳群の中枢をなしていたものと思われる。この地方の古墳文化を知る上で重要である。群馬県教育委員会 新田町教育委員会
(撮影 2004/01)
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