3月 182026
白石古墳群(藤岡市)は、鏑川と鮎川合流点南側の鮎川左岸に形成された2段の段丘上に分布しています。七輿山・猿田・稲荷山・下郷の4支群からなり5世紀から7世紀にかけて築造されたものと推定されています。このうち稲荷山支群は鮎川の合流点南側の上位段丘面に分布しています
墳形 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
十二天塚古墳 墳形不詳 白石字稲荷原 円筒埴輪、朝顔形埴輪、坩形土器、鉄刀身、鉄鉾、石製模造品 藤岡市史、現説資料
十二天塚北古墳 墳形不詳 白石字稲荷原 礫槨、紡錘車、勾玉、管玉、臼玉、坩形土器 藤岡市史、現説資料

令和4年より史跡整備に先立って発掘調査が行われており、令和8年2月現地説明会が開催されました。(2005年の様子はこちら)
令和7年度現地説明会資料より抜粋
「十二天塚古墳と十二天塚北古墳については複数の調査区を設定し墳丘形状の把握を試みましたが、残念ながら残存状況が悪く、形状復元に関わる決定的な情報は得られませんでした。」

北西から全景

白石稲荷山古墳後円部から見る。トレンチは両古墳にまたがり設定されている。手前が十二天塚古墳、奥が十二天塚北古墳。

北から十二天塚古墳墳丘の立上り

南から。奥が十二天塚北古墳。
[…] われており、令和8年2月現地説明会が開催されました。(200…