白石古墳群(藤岡市)は、鏑川と鮎川合流点南側の鮎川左岸に形成された2段の段丘上に分布しています。七輿山・猿田・稲荷山・下郷の4支群からなり5世紀から7世紀にかけて築造されたものと推定されています。このうち稲荷山支群は鮎川の合流点南側の上位段丘面に分布しています【アクセス】上信電鉄山名駅から徒歩・自転車3.0km、藤岡歴史館駐車場から徒歩、見学自由 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
白石稲荷山古墳(平井村576号古墳) 前方後円墳 全長140m 藤岡市白石字稲荷原 山林 西槨-鏡、玉、櫛、石枕、石製模造品他。東槨-鏡、玉類、石枕、石製模造品。埴輪家8、同短甲1、埴輪円筒多数。 群馬県古墳総覧、現地案内板、藤岡市HP
令和4年より史跡整備に先立って発掘調査が行われており、令和8年2月現地説明会が開催されました。(2005年の様子はこちら)

令和7年度現地説明会資料より抜粋
「墳丘西側の幅広平坦面(仮称)を部分的に掘り下げて調査したところ、旧表土面(古墳時代当時の地表面)を平に整地し、ローム土主体/黒色土主体の2種類の土を交互に積む、という特徴の盛土が確認されました。この盛土は長さ40mのR-37トレンチ東西トレンチ全域におよぶ大規模なもので、現地系と併せて考えると、幅広平坦面の大半が盛土で構築されたと考えられます。調査区と墳丘の位置関係から盛土が古墳の墳丘下へ続いていると推測できるため、古墳と一体でつくられたものと考えられます。
また白石稲荷山古墳北側について、これまでは周溝がめぐると推定されてきましたが、谷地形が入り込むことが確実となりました。古墳の西側は谷地形を延長するかたちで周溝をつくったと考えることができ、自然地形を活かした古墳築造がおこなわれたことがうかがえます。(中略)
墳丘西側の幅広平坦面は、その特殊性に鑑みて白石稲荷山古墳を特徴づける遺構と考えられますが、形状、構築方法ともに他に類例のないものであり、その性格については慎重な検討が求められます。」

北西から全景

トレンチ内の手前側が周溝で、奥が古墳。墳丘と周溝のあいだに非常に広い平坦面があることがわかる。

周溝の立上り


後円部から前方部。右奥ブルーシートのあたりが謎の幅広平坦面
[…] われており、令和8年2月現地説明会が開催されました。(200…