4月 042025
白石古墳群(藤岡市)は、鏑川と鮎川合流点南側の鮎川左岸に形成された2段の段丘上に分布しています。七輿山・猿田・稲荷山・下郷の4支群からなり5世紀から7世紀にかけて築造されたものと推定されています。このうち稲荷山支群は鮎川の合流点南側の上位段丘面に分布しています
墳形 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
十二天塚古墳 長方形墳 長軸36.8m、短軸26.8m、高さ現状2.6m 白石字稲荷原 円筒埴輪、朝顔形埴輪、坩形土器、鉄刀身、鉄鉾、石製模造品 藤岡市史
十二天塚北古墳 長方形墳 長軸23m、短軸22m、高さ現状2.2m 白石字稲荷原 礫槨、紡錘車、勾玉、管玉、臼玉、坩形土器 藤岡市史

白石稲荷山古墳から見たところ。開墾が進み墳丘ははっきりしない。以前は前方後円墳か前方後方墳とみられていたが、その後の調査で2基の長方形墳と判明。出土遺物などから5世紀前半の築造と推定され、白石稲荷山古墳と密接な関係があったことが窺える。(資料:藤岡市史)
近年、精密な測量と地中レーダー探査が行われ「白石稲荷山古墳の測量・GPR調査」(2023)が刊行された。十二天塚も同時に調査されている。それによると十二天塚、十二天塚北古墳は円墳の可能性が高いとのことである。HP「全国遺跡総攬」で閲覧できますので興味のあるかたは是非。
(撮影 2005/05)
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