3月 192026
 

山ノ上西古墳は、国史跡の山ノ上古墳の西250mほどの丘陵の斜面に築かれています。令和5年に高崎市指定史跡となりました。
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
山ノ上西古墳 円墳 径約10m 山名町山神谷甲 山林 横穴式石室、須恵器 新編高崎市史

令和7年度、古墳の保全をはかるため発掘調査が行われ、令和8年3月現地説明会が開催された。土嚢の奥が古墳。かなりの急傾斜地に築かれている。
「山ノ上西古墳は、山上古墳と同じように柳沢川を南に臨む、尾根の南斜面に築造された山寄式の円墳(径約10m)とされています。これら二つの古墳の立地については
、「北に山、南に川を配置」するという、飛鳥で流行していた風水思想の影響がみられると指摘されています。」(現地説明会資料より)

石室は南向きに開口する全長約6.3mの截石切組積の横穴式石室で7世紀中ごろの山上古墳に後続する7世紀後半の築造と想定されている。写真は羨門と前庭部。東側の羨門石が残っている。西側には羨門石の基底部が残っており東側と同様の大きさであったと推測されている。

中央の石は羨道の側壁が倒れこんだもの。凝灰岩を丁寧に加工している。

上から。

奥から。玄室天井石は石室内に落ち込んでいる。

横から。(2003年の様子はこちらから

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