9月 022025
 

稲荷塚古墳は、菅谷中学校の東側に位置しています。町指定史跡。【アクセス】東武線武蔵嵐山駅から徒歩・自転車900m、駐車場無し(嵐山史跡の博物館Pから徒歩)、見学自由・石室内は要許可★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
稲荷塚古墳 円墳 径約20m、高さ約3.5m 菅谷字元宿 台地 横穴式石室、葺き石、周堀確認 埼玉の古墳、現地案内板

東から。都幾川を南に望む台地斜面に築かれた円墳で7世紀後半の築造と推定されている。

北東から。墳丘上の樹木は倒壊の危険があるため最近伐採されたようだ。

南向きに前室・玄室からなる(羨道は消失したようだ)横穴式石室が開口。普段は施錠されているが教育委員会にお願いして見学させていただいた。

前室。緑泥片岩の割石を小口積みしたもので長さ2.7m。緩やかな胴張りを呈する。前室は上半部が崩壊していたが復元された。

玄室。きつい胴張りのプランで緑泥片岩の割石を積み上げている。玄室長3m、最大幅2.7m、高さ2.5m程度。奥壁の幅は0.8~1.2m程度。天井は一枚の巨石。

奥から。玄門は緑泥片岩の板石。

(現地案内板より) 稲荷塚古墳 かつて、この墳頂に稲荷社が祀られていたところからこの名称で呼ばれている。 古墳時代後期(7世紀後半)の築造と推定される古墳である。墳丘の規模は、約20m、現存する高さは、約3.5mを測る。主体部は古くから開口しており、副葬品などは失われていた。これは、緑泥片岩の割石を積み上げた横穴式石室であり、羨道部・前室・玄室によって構成される。しかし、羨道部については、完全に破壊され、現存しない。また、前室の側壁は、半ばより上方を復元修理したものである。この付近には、東原・寺山などの古墳群が大規模に展開し、かつては百を越える小円墳の存在が伝えられているが、現在ではこの古墳を含めて数基を残すのみとなってしまった。そのいずれもが同様の石室を備えていたものと考えられ、中でも稲荷塚古墳は、保存状態も良く、この地域の特色を示す代表的な資料として、現在町の史跡に指定されている。 平成2年11月 埼玉県嵐山町教育委員会

(撮影 2011/08)

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