本古墳は、天川小学校の北西近くにありました。現在消滅してしまいましたが、出土した石棺が今も中川小学校校庭に保存されています。【アクセス】★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
カロウト山古墳(唐櫃山古墳、前橋市3号古墳) 帆立貝式 120尺(36.4m)、高さ10尺(3m) 高田町林(現文京町二丁目) 箱型石棺出土ス、中川小学校蔵 上毛古墳綜覧、群馬県古墳総覧

中川小学校校庭の片隅に史指定文化財として保存されている。上毛古墳綜の記述からすると昭和初期以前から中川小学校に移設されたということだろう。

手前が石棺。隣に並んでいる巨石が気になるがなんだろう?

家型石棺であるが、私のような素人だとうっかりすると舟形石棺と間違えそう。
「カロウト」とは、「唐櫃」から転化したことばで、現在の文京町二丁目14番地内のカロウト山古墳にあった石棺である。内面はきれいにくり抜かれている。長辺の外側のやや上の部分に、それぞれ2個の縄掛突起が相対して認められる。平面は箱型であり、側面が直立することからも、比較的古い型の「家型石棺」である。石室は截石で、7世紀後半に築造されたと推定される。なお、横穴式石室内に家型石棺が置かれているのは、総社町の宝塔山古墳・愛宕山古墳がよく知られている。 前橋市教育委員会 (現地案内板より)
(撮影 2007/12)
懐かしいです。
私が幼い時は、まだ古墳の階段や石棺の蓋も残っていた記憶があります。
何故中川小学校に運んだのかなど、話してもらいました。
いつか機会がありましたら、お話しさせていただきたいです。
コメントありがとうございます。
蓋石の様子とても興味があります。またカロウト山古墳や石棺の情報など差し支えなければお教えください。
私は、この古墳がある場所に住んでおりました。多分、掘ったら出てきますよ。
また、連絡下さい。
コメントありがとうございます。
この石棺はかなり昔の出土みたいなので古墳の学術調査はされていないのでしょうね。市街地の下に遺跡が眠っているかも?
曽祖父が最初見た時、既に中は空っぽだったと聞いています。石棺の蓋は、ずっと庭に置いてありました。区画整理の際、土を掘ったら階段など出てきたようで、そのまま埋めたと聞いています。元々、ここは神社だったようですよ。
石棺の蓋が存在したのですね。貴重なお話しありがとうございます。
私が前橋に住んでいた頃は、蓋は庭にありました。18年前くらいでしょうか。
その頃は前橋市の古墳をたくさん巡っていました。蓋も見てみたかったですね。