3月 172025
 

桐渕古墳群は、鏑川右岸の高瀬段丘面の中央部、桐渕団地内からその南東方向にかけて分布しています。上毛古墳綜覧では21基(高瀬村22号~42号)、その後の調査で前方後円墳3基を含む45基が確認されています。6世紀前半から7世紀後半にかけて築造されつづけたものと推定されています。(資料:富岡市史)【アクセス】上信電鉄西富岡駅から徒歩・自転車1.4km、駐車場無し、見学自由 ★地図★分布図参照。
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
粘土山古墳(高瀬村30号古墳) 前方後円墳 全長62m、後円部径39m、前方部幅44m 高瀬字神田 横穴式石室 富岡市史

北東から。上毛古墳綜覧記載の高瀬村30号墳。前方部は削平されていて、近年の調査で前方後円墳であることが判明した。現在は整備されている。

南から。一之宮古墳群の太子堂古墳と並び市内最大級。7世紀初め頃の築造と推定されている。

粘土山古墳 高瀬古墳群の4基の前方後円墳のうち1基。これまで円墳と考えられていたが1970年の調査で、西側の前方部が失われているが、2段造りの前方後円墳であること、周囲に堀がめぐらされていたことなどがわかった。遺骸を葬る主体部は南西に入口を開く横穴式石室だが、天井石が運び去られたりして後円部の破壊も進んでいる。もともとの大きさは、全長62m、後円部直径39m、後円部最大幅44m、堀幅9mという巨大なものであった。6~7世紀のこの地域の豪族の墓である。石室内の詳細はわかっていない。昭和47年12月 富岡市教育委員会 (現地案内板より)

(撮影 2004/04)

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