乗附古墳群は、観音山丘陵(岩野谷丘陵)のうち東側の字天神山から西側の字五ッ塚までの地域の古墳を総称したものです。その中で遺跡名22A03_04_05御部入古墳群は、高崎市西部の観音山丘陵(岩野谷丘陵)北東端の斜面に分布しています。約60基ほどの古墳群と推定されていますが、団地造成のため18基ほどが残るのみです。6世紀前半から7世紀末~8世紀初頭の間、継続して築造されたものと推定されています。★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
鶯塚古墳(高崎市44号墳古墳) 円墳 *径16.5m、高さ3.9m 乗附町御部入 横穴式石室 新編高崎市史

北東から。群中唯一の凝灰石使用の截石切組積石室を持つ。残念ながら埋め戻し。7世紀後半の築造と推定。

南から。截石切組積の石室墳は単独で築かれる傾向にあるがこれは群の一角に築造されている。
鶯塚古墳 所在地 高崎市乗附町(御部入)1379-14 指定 昭和52年1月12日この古墳は、御部入古墳とも呼ばれ、団地造成以前まで、数十基あった御部入古墳群の中の一つである。 墳丘の規模や形状は、14m前後の円墳または方墳であったと推定され、7世紀後半の築造と考えられている。 石室は、「截石切組積」の手法による両袖型の横穴式石室である。柔らかい凝灰岩を巧みに加工して積み上げた技術はみごとで、側壁上部は内側に約25度傾斜させ、天井石をのせている。 多くの古墳は自然石を利用しているのに対して、截石切組積の石室は、県内でも約20と数少なく、古墳時代終末期の特に有力な人物の墳墓に採用されたものと考えられる。 平成8年3月 高崎市教育委員会 (現地案内板より)
(撮影 2004/02)
[…] 寺ノ上支群西斜面の一群。古墳の位置はマイマップをご覧ください…