3月 292026
 

荒久台古墳群は、益子中学校の東北東600mほどの丘陵上に分布しています。前方後円墳の天王塚を主墳として18基が現存しています。【アクセス】真岡鉄道益子駅から徒歩・自転車2.4km、駐車場無し ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
天王塚古墳(荒久台古墳群1号墳) 前方後円墳 全長43m、前方部幅26m、高さ4m、後円部径21m、高さ4m 益子字荒久台 丘陵 挂甲、衝角付兜、白銅峡、青銅鈴、環頭太刀、鉄刀、鈴杏葉、雲珠、馬環、勾玉、刀子、小玉、管玉、円筒埴輪、家型埴輪、朝顔形埴輪、土師器壷 益子町史、現地案内板

南西から。分布域のほぼ最高所に位置する前方後円墳。群の主墳とみられている。築造年代は町史では明言していない。(案内板では6世紀前半、探訪とちぎの古墳では6世紀半ば過ぎと推定している)

東から。

全長6.85mの横穴式石室が開口。 

羨道部。羨道部長は2.3m。床面は2段になっていて奥は玄室と同じ、手前は0.85m高くなり、ここが閉塞部となっている。

玄室。玄室長4.55m、中央部幅1.57m、奥高さ1.61m。側壁は硬砂岩割石の小口積。奥壁・天井石も硬砂岩。

奥から外。玄門は2本の玄門柱を立てマグサ石をのせている。

天王塚古墳は荒久台古墳群と呼ばれる28基の古墳の主墳である。墳丘の全長43m、前方部の幅26m、高さ4m、後円部の径21m、高さ4mの県内としては中型の前方後円墳である。側面からは前方部後円丘の高さが等しい二子塚の型を呈している。墳丘の周囲には幅4~5mの周濠がある。墳丘は裾から中腹にかけて幅3mを一面葺石でおおっていた。この石は一個約30cm前後の山石であった。内部構造は後円丘中央真下を奥壁にして横穴式石室がある。石室の構造は玄室の長さ455cm、幅は中央部157cm、奥壁に近づくほど幅が広くなっている。高さは奥壁で161cmである。羨道部の長さは230cmある。羨門は小さくつくっており、幅約90cm、長さ約75cmであり、その奥に85cm平方の杖石を立てて閉塞していた。天王塚古墳は6世紀前半にかけて造られたものと考えられ、次のようないくつかの特徴を持っている優れた古墳であるといえよう。1.単葬墳であること2.石室の築造は同型の多古墳とくらべて優れた手法を用いていること3.石室玄室の設定が真南北線(子午線)上にあること4.封土上に土師器の壷一個がおかれていたこと(現地案内板より抜粋)

(撮影 2006/02)

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