1月 232026
 

北原古墳群(下野市)は、薬師寺小学校から水道庁舎にかけて分布している群集墳で、20基以上からなると思われますが現存するものは7基のみです。【アクセス】JR自治医大駅から徒歩・自転車2.9km、駐車場無し、見学自由 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
御鷲山古墳(北原古墳群7号墳) 前方後円墳 第一段(現状全長74m、後円部径43m、前方部幅42m、高さ0.8m)、第二段(全長63m、後円部径28m、前方部幅24m、一段目からの高さ5m) 薬師寺 円筒埴輪、形象埴輪、金銅製馬具、鉄鏃、須恵器 南河内町史

北から。左が後円部。右が前方部。この地域の他の大型古墳と同じく2段築成。古墳時代後期後半の築造と推定されている。

西から前方部。

括れ部から後円部。

括れ部から前方部。

くびれ部の前方部よりに開口する凝灰岩切石積の横穴式石室。全長は12mで玄室、前室、羨道部からなる副室構造。羨道部は破壊が著しい。写真手前が前室で長さ1.3m、玄門部幅1.7m。

玄室。玄室長2.81m、幅約2m、高さ約1.9m。壁と奥壁は凝灰岩の一枚石で天井は2枚。

奥から外。両袖型。奥に見える牛舎が石室の間近にある。

史跡下野薬師寺跡の北側に位置する御鷲山古墳は、薬師寺台地うえの北端・北原古墳群に属する6世紀末・古墳時代後期に築造されたと考えられている前方後円墳で、町内では三王山古墳に次いで二番目に大きなものである。墳丘の全長は約63m、高さ約5m、前方部の幅約24mを測り、古墳をより大きく見せるために基壇を設けている。埋葬施設は後円部と前方部のくびれ近く、南側に開口している凝灰岩切石積による横穴式石室で、早くから天井石の一部が外され盗掘を受けていたが、調査を行った結果副葬品として金銅製の馬具や鉄鏃など古墳の性格を解明する上で貴重な遺物が出土した。南河内町教育委員会(現地案内板より)

(撮影 2006/01)

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