1月 222026
 

本古墳は、南河内町の南端部絹板の舌状台地に築かれています。【アクセス】JR小金井駅から徒歩・自転車4.9km、駐車場有、見学自由(石室内は震災で崩落したため不可) ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
別処山古墳 前方後円墳 全長約35m、後円部径約24m、前方部最大幅約24m、復元後高さ2.4m 絹板 台地 横穴式石室、銀装太刀、青銅製三鈴鏡、耳環、鉄鏃、刀子 現地案内板

北から。別処山公園建設に伴い発掘調査され、その後現地に復元保存された。鈴の入った銀装太刀や三鈴鏡など貴重な副葬品が出土し、6世紀後半の築造と推定されている。

案内パネルも充実。

復元された石室。

河原石積で長さ約3.4m、幅約1m、高さ1.5m。奥壁の下段に大きな石を配すなど小山市の外城2号墳とよく似ている。

奥壁

奥から外。

2015年再訪。石室は閉鎖されていた。

別処古墳は、南河内町の南端部絹板の舌状台地に造られた前方後円墳です。この周辺には、遺跡などの埋蔵文化財が多く分布していますが、古代には多くの古墳が造られており、古墳群を形成していたものと考えられます。この古墳は、墳丘の一部が後世の土採取により失われていましたが、墳丘をとりまく周溝などの調査から、全長約35m、後円部径約24m、前方部最大幅約24mの前方後円墳であり、墳丘の上には埴輪が置かれていたことがわかりました。造られた時期は、石室の形態や出土品から6世紀後半頃と考えられます。後円部にある石室からは、数種の副葬品が出土しました。特に、柄の頭部に鈴を内蔵した「銀装太刀」、青銅製の吊手状「三鈴鏡」は、この形式のものとして日本で最初に出土した遺物です。このように、別処山古墳は、この地域の古墳時代後期の代表的な古墳として、貴重なものです。この古墳の石室は奥壁がほぼ後円部の中心にあり、南北に長い形で南に入口がつくられています。奥壁は鏡石と呼ばれる一個の大きい石が使われ、左右の壁は小さい河原石により積まれています。玄室入口は石によって厳重に封鎖されていました。石室の規模は、長さ約3.4m、幅約1m、高さ1.5mで、この時期の一般的な形式の石室です。(現地案内板より)

(撮影 2015/10、2006/01)

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