矢場川古墳群は、矢場川流域の足利市藤本町から太田市矢場にかけて分布しています。90基以上の古墳があったと考えられますが残るものはわずかです。【アクセス】東武線福居駅から徒歩・自転車2.6m、駐車スペース有 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
藤本観音山古墳 前方後方墳 全長約116m、後方部高さ約10m、前方部高さ4.5m 藤本町 台地 土師器、葺き石 案内板

南西から全景(2003年)。右が後方部。矢場川中流域右岸に分布する矢場川古墳群のうちの藤本支群の中心的存在。矢場川古墳群にはこの他に矢場薬師塚古墳、鶴巻山古墳などの前期首長墓があった。4世紀代の築造と推定されている。

2015年1月再訪。墳丘を削り建てられていた住宅が無くなっていた。括れ部の大半と前方部の半分ほどが消失しているのが見てとれる。

南から後方部。後方部墳丘への上り口

後方部墳頂の祠

後方部から前方部。

前方部から後方部

西から。手前が前方部。
(現地案内板より抜粋)史跡 藤本観音山古墳藤本観音山古墳は、足利市の南端地域を流れる矢場川の南岸台地上にある全長約116mの前方後方墳で、前方部を北西方向の平野部へ向けている。指定範囲は総面積5,688平方メートルで、後方丘の高さ約10m、前方丘の高さは4.5mで、周溝も前方部は狭い様相を示している。昭和59・60年度にかけて足利市教育委員会が調査主体となり範囲確認調査が行われた。この調査によって周溝を含めた全長は210.5mに及ぶことが確認された。後方丘の頂部には竪穴系の埋葬施設の所在が想定され葺き石や古式土師器等も検出された。この古墳の築造年代は4世紀代と考えられ、当地方における最大級の首長墳である。(昭和39年7月25日 足利市指定)平成2年12月15日財団法人足利市民文化財団足利市教育委員会
(撮影 2003/09、2015/01)
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