8月 122025
木の本古墳群は、福川右岸台地上の瑠璃光寺から熊谷市境界にかけての広い範囲に分布しています。かつては「四十人塚」と呼ばれるほど多くの古墳がありましたが残存しているのは十数基です。5世紀後半から7世紀にかけて築造されたものと推定されています。【アクセス】★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
木の本古墳群9号墳 円墳 長さ30m 東方 台地 埼玉の古墳(大里)

北西から2009年。古墳ではなく土塁の可能性があるとのこと。
2021年、深谷市木の本古墳群9号墳の現地説明会に出かけてきました。
東方城の土塁かもと言われていたマウンドでしたが、今回の範囲確認調査で古墳であることが確定。

手前のトレンチが周溝付近で奥が墳丘。周溝内側径30m弱で現況高さ2.3m程度。(数値は現説資料測量図からの推定値) 埴輪を伴わない後期築造の円墳と推定されています。今回の調査では古墳時代の出土遺物はほとんどなかったとのこと。展示されていた出土品は縄文や近世のものでした。

左奥が墳丘、右が東方城土塁で右手前が堀跡。古墳が土塁として利用されていたようです。

葺石が検出されました。今後の調査で石室が検出されたら是非また現説を開催してほしいです。
(撮影 2009/09、2021/11)
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