7月 162025
西五十子古墳群は、本庄総合公園周辺の微高地上に分布しています。【アクセス】★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
若泉稲荷神社古墳 円墳 東西径21m、南北径38m、高さ2.5m 北堀字本田 台地 葺石 HP埼玉の遺跡マップ、埼玉の古墳、埼玉県古墳詳細分布調査報告書

南東から。群の西端で男堀川左岸微高地上にある円墳。本庄市史では前方後円墳か帆立貝形式古墳の可能性を指摘している。

西から。こちら側には池がある。宮司様のご教示によると、本来の墳丘は現在より小さく本殿の下が本来の墳丘で他は西側の池を掘って盛り土したものだとのこと。

社殿
(現地案内板より抜粋)若泉稲荷神社所在地 本庄市北堀206若泉いなりの神社は祭神は、倉稲魂命である。伝来の口碑によれば、一ノ谷の合戦(1184)で源氏に従い平重衡を生け捕った荘太郎家永は、その館を現在の小字東本庄に構えたが、治承4年(1180)当社を勧請建立し、この地の鎮守としたと言われている。その後、天正18年(1590)小笠原信嶺が本庄氏に代わって領主となったとき、旧領主勧請の古社であるので最も崇拝を加え、あらたに社殿をこの地に建立奉遷したと伝えられている。昭和61年3月埼玉県本庄市
(撮影 2011/03)
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