遺跡名43A03は、観音山丘陵東側の鶴辺台地上に分布しています。鶴辺団地の造成で多くが破壊され数基が残るのみです。(43A03は高崎市遺跡分布地図で示されている古墳分布域。)*印-上毛古墳綜覧より★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
桜塚古墳(高崎市207号古墳) 円墳 *径21.6m、高さ6.9m 石原町鶴辺 葺き石 新編高崎市史

西から。墳丘上に桜の老木がある。この近辺に数基の古墳が固まっている。

未調査のため詳細は不明。墳丘上には建武5年銘の板碑がある。
(現地案内板より) 高崎市指定史跡 桜塚古墳 所在地 高崎市石原町3718-1 指定年月日 昭和49年1月31日桜塚古墳が所在する鶴辺台周辺は、昭和30年代に鶴辺団地造成の際に多量の土器片が発見され、この台地に多くの遺跡が存在していることが判明した。高崎の郷土史家・歌人として知られた文人土屋老平の著した「片岡郡誌」には「北辺四十八塚在地」と記されており、かつてこの周辺に数多くの古墳があったことをうかがわせる。しかし、現在は団地の南東に桜塚古墳をはじめとして数基の古墳が残っているのみである。 桜塚古墳は、径21.6m、高さ6.9mの円墳である。詳細については発掘調査が行われていないため不明である。墳丘上には彼岸桜の老樹があり、このことから桜塚と呼ばれるようになったという。 墳丘上の桜の脇に板碑(板石塔婆などとも呼ばれる、石製の卒塔婆の一種)が建っている。現在は破損のため1基が残るのみとなっているが、かつては建武5年(1338)康永2年(1343)の年号が刻まれた2基の板碑が並んで建っていた。現在残っているのは、建武5年銘の板碑である。 高崎市教育委員会
(撮影 2004/01)
[…] 寺ノ上支群西斜面の一群。古墳の位置はマイマップをご覧ください…