3月 012025
 

本古墳は、星田大橋西側、鏑川右岸の段丘上に築かれていました。墳丘は明治時代に削平されたらしく詳細は不明。(甘楽町史では大山古墳と呼称している。)
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
西大山遺跡4号古墳(新屋村12号古墳(鬼塚)) 円墳 不詳 白倉字西大山 舟形石棺、円筒埴輪鏡 (上毛古墳綜覧ー石製品、鈴、刀、舟形石棺) 群馬県古墳総覧

墳丘はすでに無いが、ほぼ完形で舟形石棺が「鬼塚由来の碑」とともに民家の庭の築山に残されている。許可をいただき近くから見学。

墳丘については群村史に「高さ2間(3.64m)、東西5間半(10.01m)、南北これに同じ」とある。

また石棺については群村史に「東西9尺、南北2尺余、深さ壱尺、四囲及び底は切石を以って包まれ、ふたは舟形にしてカイ或いは丸木船に髣髴たり。・・・

・・・青灰色の凝灰岩にして甚だ柔軟なるを以って雨露のため欠損せし所多し。製法頗る巧妙にして、ふたの如き数段に彫り凹の各面とも現時の器具を用ひて造れる程なり。」とある。

(撮影 2004/02)

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