11月 042024
 

月田古墳群は、月田小学校の北側にあり、赤城南麓にある古墳群中もっとも高い標高240m付近に位置しています。現在、墳丘を確認できるのは5基ほど。【アクセス】★地図★
古墳名  墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
鏡手塚古墳(粕川村44号古墳) 前方後円墳 全長28m、後円部径17m、高さ3m 月田 台地、山林 形象埴輪、直刀、耳環、鉄鏃 現地案内板

東から後円部。前方部は右側。

南向きやや西寄りに開口する横穴式石室

内部はほとんど埋没。片袖型で自然石の乱石積。

前方部から後円部。6世紀中葉の築造。

(現地案内板より)群馬県指定史跡 鏡手塚古墳古墳総数50基程からなる月田古墳群の南部に位置する前方後円墳である。昭和23年、群馬大学史学研究室によって、また、昭和58年、県営圃場整備事業に伴い粕川村教育委員会によって周堀等の一部が発掘調査された。古墳は周堀を含めた最大長50mで、墳丘部分のみの長さは28mである。後円部の直径は17mで、高さは3mである。墳丘裾には人頭大の円礫を用いた葺き石が葺かれている。周堀は墳丘とやや離れて、古墳のまわりを全周する。石室は後円部に設けられている。粕川系の安山岩の自然石を用いた乱石積み片袖型横穴式石室で、全長約6m、最大幅1.3m、高さ1.73mである。入口部の開口方向はやや西よりである。 出土遺物は、墳丘から人物、馬などの形象埴輪が、石室内部からは直刀五振の他、耳環、鉄鏃などが多数検出された。 本古墳は出土遺物、石室の形態などから、6世紀中葉に築造されたものと考えられ、地蔵塚古墳、月田二子塚古墳と共に月田古墳群の中心的古墳である。その墳形、規模から当時の粕川地域の有力氏族層の墓と考えられる。昭和24年2月24日指定 群馬県教育委員会

(撮影 2003/11)

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