機神山古墳群は、渡良瀬川北岸の丘陵に築かれています。南麓に織姫神社、丘陵上は織姫公園として整備されています。【アクセス】JR足利駅から徒歩・自転車2.5m、駐車場有★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
機神山山頂古墳 前方後円墳 全長36m以上、高さ4m以上 本城3丁目 丘陵 (下記に加えて)形象埴輪(馬・太刀・ゆき・楯・さしば等)、2段築成、葺石 現地説明会資料
機神山山頂古墳 前方後円墳 全長約36m、後円部径約19m、前方部幅19m、高さ約3m 本城3丁目、西宮町 丘陵 直刀2、鉄鏃17、獣帯鏡2、六鈴鏡1、勾玉、小玉や馬具(杏葉1、轡1)須恵器、形象埴輪、円筒埴輪、横穴式石室 現地案内板

東から後円部。26基(うち前方後円墳3基)からなる機神山古墳群の1基で後期群集墳の小首長クラスの古墳と考えられ、6世紀後半の築造と推定されている。保存整備事業に伴い平成20年に発掘調査が行われた。

後円部から前方部。山頂に位置し足利市内を一望する素晴らしい眺め。

北側くびれ部付近。今回の調査で2段築成であることが判明。葺石はチャートの割石を使用し、2段目のみに葺かれている。

前方部北西角。面取りが施されている。

主体部は南側に開口する袖無型横穴式石室で、普段は施錠されているが現地説明会に伴い公開された。チャート(硅岩の山石)の割石を使用している。

各トレンチからは円筒埴輪のほか形象埴輪(馬・太刀・ゆき・楯・さしば等)が出土。さしばとは偉いヒトの顔を隠すためのウチワみたいなものらしい。


玄室。胴張りのプラン。奥壁高さは2.1mほどか。

奥から外。袖無型。羨道部の側壁は崩れかかっており危険な状態。
(現地案内板より抜粋)機神山山頂古墳機神山の頂部を占める本墳は後円部を東、前方部を西に向けて築造された前方後円墳である。墳丘の全長は約36m、後円部径と前方部幅はともに約19m、高さともに約3mで、見事な二子塚形である。本墳の埋葬施設である横穴式石室は、奥壁、両側壁、天井石すべてに割石(硅岩)をもって胴張袖無型に構築し、後円部の南に開口するが、石室内には(被葬遺に副うように)直刀2、鉄鏃17、獣帯鏡2、六鈴鏡1、勾玉、小玉や馬具(杏葉1、轡1)須恵器などが納められ、また封土(墳丘)には人物、馬、鳥、家、靫、盾などの形象埴輪や円筒埴輪がたてられていた。山頂に盛土した本墳は山腹に群在する古墳群(おもに小型円墳)の主墳であれば、領民がこぞってつくったものにちがいない。眼下にひろがるおのれの支配地を睥睨し権威を誇示するようであるが、また黄泉の国から領民たちを見守る姿でもある。本墳はおよそ6世紀代にこの一円を治めた支配者の奥津城(墳墓)であろう。(昭和53年6月 市重要文化財指定)昭和61年7月財団法人 足利市民文化財団足利市教育委員会
(撮影 2008/08)
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