東大塚古墳群は、荒川と市野川の合流点西側近くの堤防沿いに分布しています。【アクセス】JR北本駅から徒歩・自転車7.1km、駐車場無し、見学自由(石棺は川島中学校駐車場内) ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
大塚古墳 円墳 36m 東大塚 自然堤防・宅地、堤防 砥石・土師器、埴輪、箱式石棺出土(移築保存) 埼玉県古墳詳細分布調査報告書

堤防上から。堤防に埋まってしまい一見して古墳と判別しがたい。南側も宅地化で崖上に破壊されている。

標柱があるので古墳と分かる。埴輪の特徴から6世紀中葉の築造と推定されている。

出土した石棺は古墳の南南西1.3kmほどの川島中学校正門前の駐車場の一角に移築保存されている。

緑泥片岩でつくられた箱式石棺。埼玉県で残っているのは極めて珍しく町指定考古資料に選定されている。

埼玉県でこのように見学できるのは、ここだけかもしれない。
(現地案内板より)川島町指定文化財 組み合わせ式(箱式)石棺この石棺は六枚の緑泥片岩を組み合わせて箱型に造ったもので、今から千数百年前の豪族の墓に使用されたものです。縦の内法195センチメートル、横の内法56センチメートル、高さの内法前方46センチメートル、後方53センチメートルあり、床石と蓋石には4辺に幅4センチメートル、深さ1.5センチメートルの溝があり、前後の石は左右の石に組み込む仕組みになっています。このような石棺は県内では珍しいもので、古墳時代後期の埋葬様式を知るうえで貴重な資料です。 文化年間(1804-1818)東大塚の古墳(東大塚283-1裏)上の神明神社修理の際出土し、中から剣太刀・やじり・其外のものが発掘されたので、中山の秋元但馬守の陣屋へ届け出たといわれています。 その後最近までこの石棺は古墳上に置かれていたのですが、古墳は原型を失いそこに置くことは適当でないとの判断されたため、昭和40年5月この地に小さく円墳を模造して置くことにしたものです。 昭和58年3月1日 川島町教育委員会
(撮影 2003/10)
古墳を開拓した大沼田町の山を切り拓いた住宅地は気がふれる人が多く、車塚堀前方後円…