10月 252025
 

若小玉古墳群は、さきたま古墳群の北、長野落と見沼代用水の間に分布しています。【アクセス】秩父鉄道東行田駅から徒歩・自転車2.1km、公園駐車場有、公園内見学自由(石室内は休日のみ見学可) ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
八幡山古墳 円墳 77m 藤原町 台地・公園 銅椀1口・須恵器長頸壷1口・金銅座金具2個・金銅製太刀把頭及び鞘尻金具・銀製弓弭片・直刀片・刀子・鉄鏃・乾漆棺片・漆塗木棺片 現地案内板

東から。封土が削られ「関東の石舞台」とも呼ばれる巨大な石室が露出。石室は胴張りで前室・中室・奥室からなる複室構造。

奥室部分

全長16.7mの長大な石室

南東から。7世紀中頃の築造。古墳群の盟主墳と考えられる。乾漆棺片(夾紵棺-絹布10枚ほどを重ね、漆で固めたもので最高級の棺)が出土しており、これは飛鳥地方を中心に全国で6例しかなく被葬者はかなりの権力者と見られている。(資料、行田市観光課のパンフ「小見真観寺古墳・八幡山古墳・地蔵塚古墳」より

石室実測図(上記パンフより抜粋)

入口から羨道部分。八幡社が祀られている。

羨道から前室部分。床にも切石・板石を使っている。

前室から中室部分。巨大な緑泥片岩で構築されている。

奥室部分。壁は安山岩を精巧にドーム状に積み上げ、天井は巨大な緑泥片岩を使用。

奥室から外。玄門上部の緑泥片岩の重なりが迫力がある。

奥室から中室部分。

中室から前室部分

前室から羨道部分

(案内板より抜粋)県指定史跡 八幡山古墳 この古墳は、古くから八幡社がまつられていたため、この名がある。 江戸時代に開口していたと伝えられる石室は、昭和10年に、小針沼の埋め立てのために盛土が取り去られて全容が露出した。 石室は、雄大・製美かつ巨石を用いていることで知られ、昭和10年3月には、埼玉県指定史跡に指定された。墳丘  復元の際の発掘調査の結果、墳形は円墳で、直径約77m、高さは11mを超えることが判明した。 石室  平面形が、三味線の胴のような、張りをもつ部屋を3室連結したものに、入口部分(羨道)のつく構造となっている。 復元全長 16.7m 奥室最大幅 4.7m [石室の特徴]長大であることのほかに、石室床面下に、盛土が約4mもあり、墳丘のかなり高い部分に、石室が築かれていたこと、床面下1.8mまで、壁の切石積が連続していること及び、壁・床ともに切石と板石を併用していることである。 [石室の復元]羨道・前室・中室については、天井石と壁面中央の緑泥片岩から、平面形と高さを復元した。奥室は壁基部の角度、天井石の大きさから高さを推定した。推定復元高は、内法で3.1mである。 [使用石材] 天井-緑泥片岩(秩父方面産出)       側面-緑泥片岩・角閃石安山岩(群馬県二ツ岳産出)       床 -緑泥片岩・凝灰質砂岩(比企丘陵産出) 遺物  銅椀1口・須恵器長頸壷1口・金銅座金具2個・金銅製太刀把頭及び鞘尻金具・銀製弓弭片・直刀片・刀子・鉄鏃・乾漆棺片・漆塗木棺片。 これらの遺物は、県立さきたま資料館に保管・展示されている。

(撮影 2004/06)

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