8月 092025
木の本古墳群は、福川右岸台地上の瑠璃光寺から熊谷市境界にかけての広い範囲に分布しています。かつては「四十人塚」と呼ばれるほど多くの古墳がありましたが残存しているのは十数基です。5世紀後半から7世紀にかけて築造されたものと推定されています。【アクセス】★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
火の見塚古墳 円墳 東西23.6m、南北12.73m、高さ3.03m 原郷字城西 台地 埴輪、箱式石棺、人骨、大刀、鉄鏃 埼玉の古墳(大里)

南から。箱式石棺と思われる主体部から人骨などが出土している。

北西から。

2012年再訪したところ、墳丘は高さ半分ほどに削平整地されていた。発掘調査され6世紀初めから中頃の築造と判明した。
(撮影 2002/03、2012/09)
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