塚本山古墳群は、本庄早稲田高校南側の塚本山と呼ばれる独立丘陵上に分布上しています。175基(ほとんどが円墳)が確認され5世紀後半から8世紀初頭(多くは6世紀末から7世紀後半)の築造と推定されています。【アクセス】★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
塚本山古墳群 円墳 径15m以下が8割、20m以上13基 下児玉 丘陵 埴輪(9基のみ)・横穴式石室・土師器・須恵器・鉄鏃・刀子・大刀・装身具他 埼玉県古墳詳細分布調査報告書・埼玉の古墳

小山川西方の独立丘陵(塚本山)上に分布する175基が知られる大群集墳。関越自動車道建設により昭和49~50年にこれにかかる29基が発掘調査されている。写真の通り現在では丘陵は高速道で南北に分断された。

なだらかな丘陵尾根上には道路があり気軽に散策できる。丘陵は西山・中山・東山に大別される。

分布図。発掘調査の結果、主体部として模様詰みの「毛野型胴張り石室」が検出された。また周溝墓も検出されている。埴輪を持つ古墳は現在までに9基が知られているのみで数はすくない。5世紀後半から8世紀初頭にかけて築造された群集墳と考えられ、その盛行期は6世紀末から7世紀後半と推定されている。

2005年に訪れたときは薮に覆われていたが、2014年1月はきれいに下草が刈られていた。現在でも140基ほどが現存し至るところ古墳だらけ。ほとんどが円墳で変化がないが、これだけ群集している様子は一見の価値有り。

古墳それぞれに番号が記された標柱が設けられているが、これは現存古墳に通し番号を振ったもののようだ。あまりに密集しているので埼玉県古墳詳細分布調査報告書の番号との照合はできなかった。
(撮影 2014/01)
古墳を開拓した大沼田町の山を切り拓いた住宅地は気がふれる人が多く、車塚堀前方後円…