東富田古墳群は、本庄早稲田駅北側の男堀川・女堀川に挟まれた微高地上に分布しています。
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
元富東古墳 円墳 径約27m、高さ 東富田 台地 横穴式石室 本庄早稲田の杜ミュージアム2021/10ミニ企画展

南から。(2022/12)埼玉県古墳詳細分布調査報告書では径16mとされていたが、近年の発掘調査で径約27mの埴輪を持たない終末期円墳と判明した。(「埼玉の古墳」では本墳を東富田稲荷山古墳と紹介しているがこれは古墳名の誤記かと思う。それによると東西径30m、南北径45m、復元径41mの大型円墳としている。)以下、本庄早稲田の杜ミュージアム 2021/10ミニ企画展説明パネルより。
「元富東古墳は、熊野十二社神社古墳の南東200mほどの地点に所在した直径27mほどの古墳です。墳丘には一部に葺石が施され、周囲には堀がめぐっています。埋葬施設は玄室の側壁が緩やかに弧を描いて外側にふくらむ両袖式の胴張型横穴式石室で、側壁は大小の川原石を組み合わせた模様積とし、奥壁には巨大な片岩を2段に積んでいます。全長6.65m、羨道長2.15m、同幅0.85m、玄室長4.50m、同最大幅1.85m、奥壁高1.70mの規模があります。副葬品は玄室の床面付近から直刀3振のほか、各種刀装具、刀子、鉄鏃、弓飾金具、銅製耳環などが出土しています。
古墳の築造年代は、埴輪をもたないこと、石室の形態、鉄鏃の型式などの特徴から7世紀前半と推定されてます。」

発掘調査は中断中のようで横穴式石室はまだ完掘されていなかった。

副葬品。

2024年10月削平されていました。

2011年の様子。周囲は宅地造成の工事中だった。

2002年の様子。所有者に許可をいただき近くから見学させていただいた。

(撮影 2022/12、2011/03、2002/04)
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