樋塚古墳は、名久田橋近く、名久田川右岸の段丘上に築かれています。【アクセス】JR中之条駅から徒歩・自転車3.0km、駐車場無し、見学自由 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
樋塚古墳(名久田村1号古墳) 円墳 径約15m、高さ約2.7m 横尾 横穴式石室 現地案内板

南西から。町指定史跡。名久田橋の袂にある。

珍しく北西向きに開口する石室。

自然石の乱石積。奥行約5.5m、奥壁の幅約1.2m、高さ1.6m。冬なのにカマドウマが降ってきた。

奥から外。無袖型。まぐさ石が見える。
(現地案内板より) 町指定史跡 樋(火)塚古墳(指定)昭和54年3月8日 (所在地)中之条町大字平1057-1中之条町の古墳は、吾妻川、名久田川、四万川などの河岸段丘上に構築された小円墳が多い。樋塚は、名久田川左岸の河岸段丘上に造られた古墳の中で墳丘が良く残っており、横穴式石室を持つ古墳である。 外部形式は円墳であり、径約15m、高さ約2.7mで2段構造となっている。 内部形式は、袖無型の横穴式石室が西北に開口していて、奥行約5.5m、奥壁の幅約1.2m、高さ1.6m、天井石は5枚、自然石の50cm位の石による乱石積である。なお、石室の玄室と羨道を分ける「まぐさ石」も認められ、古墳は6世紀前半のものと推定される。 横尾村の蘭学者高橋景作の日記に、「嘉永6年(1853)4月19日平村火塚を掘る。同20日火塚より丈2寸計の不動像出る。古代の害甲の八まん座二つ刀のくされたる様のもの、八九寸計の物二本、其の他鉄物色々出たり」と記されていることから、これ以前に石室は開口されており、不動尊などを祀っていたことがわかる。出土品の所在は不明である。 平成13年3月 中之条町教育委員会
(撮影 2003/12)
コメントありがとうございます。この辺りは現存古墳が多いので用地買収など難しい問題…