12月 152024
 

引間古墳群(遺跡名15A01)は、烏川右岸で烏川と碓氷川に挟まれた八幡台地上に分布しています。
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
上豊岡町台931所在古墳(*注 群馬県古墳総覧の上豊岡B号墳) 円墳 4.0m×6.0m 上豊岡町 新編高崎市史

南から。所有者に許可をもらい近くから撮影。かなり変形されている模様。上毛古墳綜覧記載漏れの古墳で市史によると石室石材は見られないとのこと。*注 群馬県古墳総覧の記述は混乱がみられるのでここでは新編高崎市史に従った。

(撮影 2005/01)

豊岡村8号古墳について
豊岡村8号古墳とい名称は上毛古墳綜覧編纂時(昭和10年調査)に付けられた名称です。
群馬県古墳総覧では分布図339地点の古墳を上豊岡B号墳(豊岡村8号古墳)、新編高崎市史では338地点を豊岡村8号古墳、339地点を上毛古墳綜覧記載漏れとしています。
上豊岡A(338地点)、上豊岡B(339地点)という名称は豊岡誌編纂で現地を視察(学術調査ではない)したさいに振られた名称です。豊岡誌では、これらの古墳について上毛古墳綜覧の何号墳に該当するかは不明としています。
群馬県古墳総覧では参考文献として「新編高崎市史」「豊岡誌」をあげています。
参考文献だけをみれば上豊岡A(338地点)が豊岡村8号古墳となります。また上毛古墳綜覧では石槨開口との記述があり上豊岡Aは実際に石室開口、B号は石室が確認されていません。よって上豊岡B(339地点)を豊岡村8号古墳とした群馬県古墳総覧の記述は誤りかと思います。(群馬県古墳総覧独自の見解の可能性もありますが)

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