引間古墳群(遺跡名15A01)は、烏川右岸で烏川と碓氷川に挟まれた八幡台地上に分布しています。
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
豊岡村8号古墳(*注 群馬県古墳総覧の338上豊岡A号墳) 円墳 径8.0m 上豊岡町 横穴式石室 新編高崎市史

南東から。南側と東側は削られ石垣が積まれている。所有者に許可をもらい石室を見学。(*注 群馬県古墳総覧の記述は混乱がみられるのでここでは新編高崎市史の記述に従った。)

南南東に開口。天井石は厚さ0.8m、幅2.1m、奥行1.3m。(新編高崎市史より)

石室幅1.5m程、側壁上半は河原石の小口積。半ば以上埋没か。
(撮影 2005/01)
*注
豊岡村8号古墳について
豊岡村8号古墳とい名称は上毛古墳綜覧編纂時(昭和10年調査)に付けられた名称です。
群馬県古墳総覧では分布図339地点の古墳を上豊岡B号墳(豊岡村8号古墳)、新編高崎市史では338地点を豊岡村8号古墳、339地点を上毛古墳綜覧記載漏れとしています。
上豊岡A(338地点)、上豊岡B(339地点)という名称は豊岡誌編纂で現地を視察したさいに振られた名称です。豊岡誌では、これらの古墳について上毛古墳綜覧の何号墳に該当するかは不明としています。
群馬県古墳総覧では参考文献として「新編高崎市史」「豊岡誌」をあげています。
参考文献だけをみれば上豊岡A(338地点)が豊岡村8号古墳となります。また上毛古墳綜覧では石槨開口との記述があり上豊岡Aは実際に石室開口、Bは石室が確認されていません。よって上豊岡B(339地点)を豊岡村8号古墳とした群馬県古墳総覧の記述は誤りかと思います。(群馬県古墳総覧独自の見解の可能性もありますが)
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